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福岡高等裁判所那覇支部 平成7年(ネ)45号 判決 1997年1月30日

主文

一  被控訴人の附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人が、原判決添付別紙物件目録一記載の土地のうち同別紙図面一記載のa、b、c、d、e、f、g、h、aの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた部分につき、無償かつ無期限の通行地役権を有することを確認する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、右部分の土地の通行使用を妨害してはならない。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  控訴人の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決中、被控訴人の敗訴部分(ただし、コンクリート製門柱及び鉄製工作物除去請求に関する部分を除く。)を取り消す。

2  主文第一項1と同旨。

3  控訴人は、被控訴人に対し、主文第一項1の部分の土地につき、昭和四九年一二月ころの通行地役権設定契約に基づく、要役地・原判決添付別紙物件目録二記載の土地、目的・通行のためとの内容の地役権設定登記手続をせよ。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

1  玉井喜與子(以下「玉井」という。)は、昭和四六年ころ、昭和四九年に分筆する前の沖縄県島尻郡与那原町字与那原湧當原三六〇四番一の土地(以下「分筆前土地」という。)を所有していた(争いなし)。

2  分筆前土地(当時の登記簿上の地目は畑)は北側から南側に向けて上り斜面となっており、分筆前土地の北側に接して東西方向に公道(以下「本件公道」という。)が存し、同土地の西側に接して右公道から南方向に向けて上り勾配の里道(以下「本件里道」という。)があった。

玉井は、仲村常博(以下「仲村」という。)を介して、同年ころ、分筆前土地を宅地として造成し、原判決添付別紙図面二の右下分筆図(以下「右下分筆図」という。)のとおり、分筆前土地の中央に北から南に向けて緩やかな上り勾配の細長い通路を設け、その通路の東西の土地をそれぞれ三区画ずつの水平な土地に区分けした。南北の区画土地間には南側の区画土地ほど高くなるように段差が設けられたが、西側の三区画からは本件里道に出入りできる状態であった。仲村は玉井から右区画土地の売却を依頼され、玉井の代理人として、昭和四七年二月ころ、被控訴人の母金城和子(以下「和子」という。)に分筆前土地のうち本件公道に面する北西の区画土地(昭和四九年分筆後の同番七の土地)を七三万円余で売却し、同月七日、分筆前土地の所有権一部移転登記をした。和子は、昭和四八年に、右区画土地上に自宅を建築した。右居宅の玄関は西向きで、本件里道との境界にはフェンスが作られ、和子は本件公道へは同区画土地から直接出入りしていた。

仲村は、同年ころ、残余の土地を屋宜宣喜に売却し、玉井の持分の移転登記をしたが、代金の支払をしないため、売買契約を解除し、他に買主を求めた。

玉井及び和子は、昭和四九年八月七日、分筆前土地を右下分筆図のとおり、通路部分(同番四)及び六区画(東側北から順に同番一、同番五、同番六、西側北から順に同番七、同番八、同番九。なお、右分筆後の土地については以下例えば「同番七」のように表示する。)の各土地部分の計七筆に分筆した。なお、所有権登記は、いずれも和子と屋宜宣喜の共有名義のままであった。(以下、甲一、二、四、五、九の1ないし12、一六、二二、二四、二五の1ないし9、二七の2、証人仲村常博(第一、二回)、同金城和子)。

3  玉井の代理人仲村は、昭和四九年九月、被控訴人の代理人和子との間で、同番八を三三〇万円で被控訴人に売却するとの契約を締結した。その後、仲村は、昭和五〇年一月ころまでの間、我如古稔に対し同番一を売却し、新垣宏昌(以下「新垣」という。)の代理人である同人の母與那嶺静子(以下「静子」という。)との間で同番四ないし六、九等を新垣に売却するとの契約を締結した。

昭和五〇年一月二〇日、同番七について和子単独名義の、同番八(原判決添付別紙物件目録二記載の土地)について昭和四七年四月一〇日売買を原因として被控訴人名義の、同番一について我如古稔名義の、同番四ないし六、九等について昭和四七年四月八日売買を原因として新垣名義の、各所有権の登記がされた。

新垣は、昭和五〇年、右土地購入後直ちに、購入土地のうち、原判決添付別紙図面一(以下「図面一」という。)記載のa、b、c、d、e、f、g、h、aの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた部分(以下「本件係争地」という。)を除いた部分に自宅を建築し、図面一記載のd、eには門柱を建て、同eから南方向に同番八との境界に沿って金網を張り、本件係争地についてはアスファルト舗装をしたり、その両端に排水溝を設けるなどして、自宅から本件公道に出入りするための通路とした。その後、我如古稔は、昭和五二年、同番一に自宅を建築した。

被控訴人は、昭和五八年、同番八に、その東側に駐車スペースを設け、玄関が北東寄りにある自宅を建築し、本件里道との境界にはフェンスを張るなどし、それ以降、図面一記載のef間を通り本件係争地を自動車又は徒歩で通行して本件公道に出入りしており、これに対し、新垣から異議を申し述べられたことはない。(以上、甲一、二、三の1ないし7、八の1ないし5、九の1ないし12、一〇、一一の1、2、一二の1ないし3、二一の1、2、二五の1ないし9、二七の2、二八の1、2、証人仲村常博(第一、二回)同金城和子、同與那嶺静子、同新垣宏昌、弁論の全趣旨)

4  新垣は、昭和五九年一〇月一八日、同番四、六、九等を同番五に合筆する登記手続をした(原判決添付別紙物件目録一記載の土地は合筆後の同番五の土地(以下「本件五土地」という。))。

新垣は、平成三年七月二六日、控訴人に対し、本件五土地及び同土地上の居宅を売却し、同年八月二二日、本件五土地につき控訴人名義の移転登記をした。それ以降、控訴人は、本件係争地を除く本件五土地を住居として使用し、本件係争地を本件公道への通路として利用している。(以上、甲一、二五の1ないし9、証人新垣宏昌、控訴人、弁論の全趣旨)

5  控訴人は、本件五土地を購入してまもなく、被控訴人に対し、同土地全部を敷地として利用できるという条件で購入したから被控訴人には本件係争地を通行する権利はないと主張するようになった(争いなし)。

そこで、被控訴人は、平成三年一二月三日、本件訴訟を提起し、玉井との間で本件係争地に被控訴人のために通行地役権を設定する契約をし右通行地役権設定者の地位は新垣及び控訴人に順次承継されている。仮に控訴人に承継されていないとしても控訴人は背信的悪意者であるから被控訴人は登記なくして控訴人に対抗できるとして、被控訴人が本件係争地について無償、無期限の通行のための地役権を有することの確認を求めるとともに、控訴人に対し、本件係争地について昭和四九年一二月ころの通行地役権設定契約に基づき、要役地を同番八とし、目的を通行のためとする地役権設定登記手続を求めた。

これに対し、控訴人は、平成四年一月下旬、本件係争地上の図面一記載のイ、ロにコンクリート製の門柱を、同年三月末ころ、同図面記載のh、g付近に鉄製構築物をそれぞれ設置した(争いなし)。

そこで、被控訴人は、同年四月、訴えの追加的変更により、通行地役権に基づき、右コンクリート製門柱及び鉄製構築物を撤去すること(当審における審判の対象とならないことは前記のとおり)及び被控訴人が本件係争地を通行使用するのを妨害しないことを求め、さらに、その後、予備的請求として、本件係争地につき被控訴人が囲繞地通行権を有することの確認を追加した。

6  本件訴訟が当審に係属中の平成八年五月一八日、玉井と被控訴人は、昭和四九年九月に両当事者間で締結された同番八の売買契約は、これに基づき農地法を潜脱する目的で昭和四七年四月一〇日売買を原因とする虚偽の登記申請をすることを前提としたものであるから、無効であるとして、改めて、玉井が同番八を三三〇万円で被控訴人に売却するとの契約を締結し、合わせて、昭和五〇年一月ころ締結された玉井と新垣間の本件係争地を含む土地の売買契約が同様の理由で無効であり、少なくとも本件係争地の所有権が玉井に存することを前提として、要役地同番八、承役地本件係争地とする通行地役権を設定するとの合意をした(甲三一、三二、三三の1、2、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  玉井が被控訴人のために本件係争地に通行地役権を設定したか否か。

2  右通行地役権設定者の地位が新垣に承継されたか否か。

3  右通行地役権設定者の地位が控訴人に承継されたか否か。

4  仮に控訴人に右通行地役権設定者の地位が承継されないとしても、被控訴人は対抗要件を具備することなくして右通行地役権を控訴人に対抗できるか否か。被控訴人が控訴人に対し右通行地役権を主張することが信義誠実の原則に反し許されないか否か。

5  被控訴人の控訴人に対する通行地役権設定登記手続請求権の存否

6  囲繞地通行権の存否

三  争点についての当事者の主張

(被控訴人)

1 土地分譲者が区画された土地の購入者のため共同通路を開設した場合、右通路につき土地分譲者と購入者との間に黙示の通行地役権の設定がされ、その後右通路の取得者は右通行地役権設定者の地位を承継する。被控訴人の代理人和子は、昭和四九年九月ころ、土地分譲者である玉井の代理人仲村から区画された土地の一つである同番八を買い受けた際、合わせて、同番八を要役地とし、共同通路に当たる本件係争地を承役地として、黙示的に無償、無期限の通行地役権(以下「本件通行地役権」という。)設定契約を締結した。玉井は、昭和五〇年一月ころ、新垣の代理人静子との間で、合筆前の本件五土地の売買契約をした際、合わせて、本件通行地役権設定者の地位を新垣が承継する旨の合意をした。新垣は、平成三年七月二六日、控訴人との間で、本件五土地の売買契約をした際、合わせて、本件通行地役権設定者の地位を控訴人が承継する旨の合意をした。

2 昭和五〇年一月ころ締結された玉井と新垣との間の売買契約の対象土地は農地であるところ、所有権の移転について農地法所定の許可を得ておらず、あるいは、右売買契約は、農地法を潜脱するために登記原因を沖縄に農地法が適用される前(沖縄本土復帰前)である昭和四七年四月一〇日の売買とする登記申請を予定していたものであって無効であるから、新垣及び控訴人は同番四ないし六、九等の所有権を取得することはなく、したがって、控訴人は被控訴人の通行地役権の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に該当せず、被控訴人は右登記を具備することなく玉井との間で設定を受けた通行地役権を控訴人に対抗できる。

3 仮に、控訴人が本件通行地役権設定者の地位を承継しなかったとしても、控訴人は次のとおり背信的悪意者であるから、被控訴人の本件通行地役権取得について登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらない。

(一) 本件係争地は、一見して区画土地所有者のための道路であることは明らかであり、同番八上の被控訴人の居宅の玄関の位置や同土地への出入口の位置、本件係争地の通路としての利用状況、本件里道の幅員の狭さを見れば、本件係争地が同番八のための通路として不可欠であることは明らかである。

(二) 控訴人と新垣は、同人ら間の売買契約に際し、本件通行地役権設定登記がされていないことを奇貨として通路である本件係争地の閉鎖を企図した。

4 以上のとおりであるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件通行地役権を主張でき、かつ、本件通行地役権設定登記請求権を有する。

5 同番八は袋地であるから、被控訴人は囲繞地通行権を有する。同番八の西側に接して存する本件里道は、幅員一メートルないし一・八メートルで、勾配が急である上狭く、南側に点在する墓地への通路として利用されているのみで雑草が覆いかぶさる状況にあり、自動車による通行ができず、生活道路としての用をなさない。

6 被控訴人が同番八に自宅を建築する際、本件係争地を建築基準法に適合した道路として建築確認申請の準備をし、本件係争地の所有名義人である新垣の承認印をもらいに行ったところ拒否された。この時点で新垣に対し、本件通行地役権確認等訴訟を提起しておくべきであったが、当時被控訴人は沖縄振興開発金融公庫から低利の融資を受けられることになり急いで建築着工しなければならない状況であったため、真実は本件係争地を道路とするが、同意が容易に得られる母和子所有の同番七に図面上通路があるものとして建築確認申請をしたにすぎない。

(控訴人)

1 控訴人は、被控訴人が本件通行地役権について対抗要件を具備するまでその権利者と認めない。また、控訴人は、被控訴人が本件係争地を通行しているのは知っていたが、これは前所有者である新垣の好意によるものと理解していたのであり、控訴人は背信的悪意者には当たらない。

2 同番八は袋地ではない。本件里道は、幅員一・三メートルから二・三メートルあり、人の通行に支障はない。自動車の利用は自宅外に自動車の保管場所を設ければ足り、自動車通行ができないことが囲繞地通行権を認める理由とはならない。仮に自動車通行のために囲繞地通行権を認めるとしても、その幅員は二メートルあれば十分である。

被控訴人は、同番八に自宅を建築する際、建築確認を得るために、新垣に対し被控訴人が本件係争地を通行することの承諾を要請したが拒否されたため、被控訴人の母和子との間で、被控訴人のために和子所有の同番七内の東側に法定の幅員の通路を設けることを合意した。被控訴人は右通路を利用して本件公道に出入りできるから、同番八は袋地とはいえない。

3 仮に右合意が建築確認を得るため便宜上されたものだとするなら、それは建築基準法の脱法行為、公庫融資基準の潜脱行為である上、控訴人は新垣から本件五土地を購入する際右合意が真実存すると信じたのであるから、被控訴人は、控訴人に対し、右合意が虚偽のものであるとして通行地役権や囲繞地通行権を主張することは信義誠実の原則に反し、許されない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(玉井が被控訴人のために本件係争地に本件通行地役権を設定したか否か)について

玉井は、昭和四六年ころ、仲村を介して分筆前土地を宅地として造成し、右下分筆図のとおり六区画の宅地とその中央部分(後の同番四)を貫く各区画土地への通路を設け、既に一区画を購入していた和子とともに、昭和四九年八月、右造成の区画形状に従って分筆前土地を七筆に分筆した(事案の要旨)。そして、そのころにおいても、なお、同番四は外観上も各区画土地への通路であることが明白であり、仲村は、玉井から、各区画土地の売却を受任するに当たり、同番四は各区画土地への通路とすることを指示され、仲村も被控訴人の代理人和子も、同年九月ころ、同番八の売買契約をする際には、少なくとも本件係争地が同番八から本件公道に出入りするための通路であることを暗黙のうちに了解していたのであり(甲一六、二四、証人仲村常博(第一、二回)、同金城和子)、以上によれば、玉井の代理人仲村は、右売買契約の際、被控訴人の代理人和子との間で、合わせて黙示的に、被控訴人のために少なくとも本件係争地に、要役地を同番八とする無償、無期限の通行地役権(本件通行地役権)を設定するとの合意をしたと認められる。

なお、被控訴人は争点についての同人の主張2記載のとおり主張するが、前記事案の要旨記載のように、玉井と新垣の売買契約の当時、同番四ないし六及び九の各土地は既に造成済みであり、その現況は農地ではなかったのであるから、その所有権の移転について農地法所定の許可も不要であるし、右売買契約が農地法を潜脱する目的を有していたともいえず無効とはいえないから、被控訴人の右主張は採用できない。したがって、平成三年八月二二日までに同番四の所有権は控訴人に確定的に移転し、玉井は同土地について何ら処分権を有するものではないから、平成八年五月一八日に玉井と被控訴人間で締結された本件係争地についての通行地役権設定契約により被控訴人が本件係争地について通行地役権を取得するものではない。因に、昭和四九年九月に締結された玉井と被控訴人との間の売買契約の対象土地もその現況は農地ではなかったのであるから、前同様に右売買契約が無効であるとはいえず、したがって、平成八年五月一八日に締結し直された前記玉井被控訴人間の売買契約は何らの効果も発生しないものか、あるいは、従前の売買契約を合意解除した上新たに同内容の契約を結んだものであり、いずれにせよその効果が本件の権利関係に影響を及ぼすものとはいえない。

二  争点2(本件通行地役権設定者の地位が新垣に承継されたか否か)について

昭和五〇年一月ころ、分筆前土地には、同番七に和子の居宅が建てられているだけで、他に建物はなかったが、同番四が本件公道に面しない区画土地への通路であることはその現況や登記所備付けの図面から明らかであった。同番七と同番八との間には約二・四メートルの段差があり、同番八から本件公道に出入りする通路を同番七に新たに設けることは費用もかかる上、実際的ではなかった。また、同番八から徒歩で本件里道を経て本件公道に出ることは可能ではあったが、本件里道は南側にある墓地への通路として使用され、勾配も急な部分があり、通行に有効な幅員は一メートルにも及ばなかった。このような状況の中で、新垣の代理人静子は、玉井の代理人仲村から合筆前の本件五土地を購入したが、その際、静子は、同番五、六、九に建物を建てるには同番四内の南側部分が必要であるし、そこから本件公道へ出入りするのに同番四内の北側部分を確保する必要があることから、同番四の取得を希望し、仲村は、これを応じた。仲村は、本件係争地はその形状及び周囲の現況並びに登記所備付けの図面から一見して同番八から本件公道への通路でもあることが明らかであることや静子の夫が司法書士であり静子がその補助業務を担当していることから、静子も本件係争地が同番の通路でもあることを承知していると考え、ことさら本件係争地に同番八のために通行地役権が設定されていることを明示しなかった。他方、静子は、右売買契約当時、既に被控訴人が同番八を購入済みであることを知っており、本件係争地付近の現況等から本件係争地が同番八のための通路でもあることは認識していた(以上、事案の要旨、甲八の1ないし5、九の1ないし12、証人仲村常博(第一、二回)、同與那嶺静子、弁論の全趣旨。なお、証人與那嶺静子は、右売買契約の際、仲村から、同番八から本件公道に出るには本件里道を利用できるから被控訴人が本件係争地を通行できなくても差し支えないと聴いたと供述するが、反対趣旨の証人仲村常博(第二回)及び前認定の本件係争地付近の現況に照らし、この供述は採用できない。)。

右各認定事実に照らすと、仲村と静子は、前記売買契約の際、本件係争地が合筆前の本件五土地の他の部分のための通路としてのみならず、同番八のための通路でもあり、本件係争地に同番八のために本件通行地役権が設定されていることをも認識した上で、黙示的に、新垣が玉井から本件通行地役権設定者の地位を承継する旨の合意をしたものと推認することができる。新垣が、右売買契約後、本件五土地に居宅を建てる際、本件係争地部分に建物を建築することはなく、図面一記載のd、eに門柱を建て、同eから南方向に同番八との境界に沿って金網フェンスを張り、その後これをブロック塀に作り替えた際も同ef間を塞ぐことはなく、また、本件係争地が建築基準法に適合する道路の要件を充足するには同図面記載のghの各点を結ぶ線まですみ切りを設ける必要があったところ、和子が、仲村から新垣立会の下で「本件係争地は同番八等皆のための通路である。法定の基準を充たすためにすみ切りをしないといけない」との説明を受け、新垣の頼みに応じ、同番七の一部(〇・二六平方メートル)の使用を承諾したこと(以上、事案の要旨、甲二〇、二二、三〇、証人金城和子、同新垣宏昌、弁論の全趣旨。なお、証人新垣宏昌は、右のとおり金網フェンスを張った理由について、新垣が同番八を駐車場として利用することあるいはそのために買い取ることを和子に申し入れていたからというが、他方では和子が同番八を駐車場として使用したいと言ったからともいうなどその供述は変遷している上合理的な説明がされておらず、同証人の右供述は採用できない。)は、同番八のために本件係争地に設定された本件通行地役権の設定者の地位を新垣が承継したことの証左である。

なお、被控訴人が、昭和五八年ころ、同番八に居宅を建築するに際し、建築確認申請のため新垣に対し本件係争地を同番八に接する道路として申請するにつき承諾を求めたところ、新垣はこれを拒否した(証人新垣宏昌、弁論の全趣旨)が、右拒否行為は、新垣自身がしかも合筆前の本件五土地購入後八年ほどして行ったことであって、新垣の代理人静子が昭和五〇年一月に新垣が本件通行地役権設定者の地位を玉井から承継する旨合意したとの前記判断を左右するものではない。

三  争点3(本件通行地役権設定者の地位が控訴人に承継されたか否か)について

控訴人が本件五土地を購入した際、既に被控訴人は同番八のうちその東側に駐車スペースを設け、玄関が北東寄りにある居宅を建築し、図面一記載のef間を通り本件係争地を自動車又は徒歩で通行して本件公道に出入りしており、控訴人もこれを認識していた。控訴人は、本件五土地を新垣から買い受ける際、同人に対し、図面一記載のef間にもブロック塀を造りたいと話すと、新垣は、控訴人に対し、「被控訴人は、同番八に居宅を建築するに際し、私が本件係争地を敷地に接する道路とすることを承諾しなかったため、同番七に道路を設けることとして建築確認申請をした。被控訴人が本件係争地に通行地役権を有することはなく、近所の誼みでその通行を認めているにすぎないから、良心的に数年間は通行を認め、その後は閉めてもよいのではないか。」と進言した。控訴人は、本件五土地を購入して間もなく、被控訴人に対し、同土地全部を敷地として利用できるという条件で購入したから被控訴人には本件係争地を通行する権利はないと主張するようになった(以上、事案の要旨、証人新垣宏昌、控訴人本人、弁論の全趣旨)。

右認定事実に照らすと、新垣と控訴人との間で本件五土地の売買契約がされた際、合わせて本件通行地役権設定者の地位を控訴人が承継するとの合意がされていないことは明らかであり、右承継の事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、被控訴人は、土地分譲に際して共同の通路が設けられたときは、合意がなくとも当然に右通路につき通行地役権が設定され、右通路の転得者は右通行地役権設定者の地位を当然に承継するとも主張するが、通行地役権設定登記もなく、前主との間で通行地役権設定者の地位の承継の合意もされていないのに、右通路の転得者が当然に通行地役権設定者としての負担を課せられるものではない。

四  争点4(被控訴人は対抗要件を具備することなくして本件通行地役権を控訴人に対抗できるか。被控訴人が控訴人に対し本件通行地役権を主張することが信義誠実の原則に反し許されないか否か)について

1  被控訴人は本件通行地役権について登記を経ていない(争いなし)。しかしながら、控訴人が本件五土地を購入した際、本件係争地が同番八の通路として必要不可欠であることはその形状や利用状況から一見して明白であり、控訴人は、現に被控訴人が本件係争地を通路として利用していることや、これを利用できなくなれば幅員の狭い本件里道を通行するか多大な費用をかけて同番七に通路を設けるほかなくいずれにしても被控訴人に予想外の損害が生じることを認識しており、これらのことから同番八のために本件係争地を通行する何らかの権利が設定されていることを当然に知っていたかあるいは容易に知り得たのに、本件五土地の購入に当たって、その必要が乏しいにもかかわらず同番八から本件係争地に出入りする図面一記載のef間を閉鎖することを考えたり、右通行権について登記がされおらず、被控訴人が建築確認申請に当たり同番七に道路を設けることを予定していたことや、前主の新垣が被控訴人の通行権を否定したことに藉口して、被控訴人に対し何ら本件係争地について通行権の有無を確認しないまま、本件五土地購入後間もなく、被控訴人には本件係争地を通行する権利がないと主張するに至った(これまでの認定事実、証人金城和子、同新垣宏昌、控訴人本人、弁論の全趣旨)のであって、以上の諸事情を総合すると、控訴人は、本件五土地の取得に当たり、本件通行地役権を有する被控訴人との関係において、背信的悪意者として、本件通行地役権についてその登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者であると解することができない。

2  ところで、控訴人は、逆に、被控訴人が同番八の自宅の建築の際、同番七内に法定の幅員の通路を設けることを予定して建築確認申請をしながら、本件通行地役権を主張することは信義則に反すると主張する。しかしながら、被控訴人が同番八に自宅を建築する際、本件係争地には本件通行地役権が被控訴人のために設定してあるところから、これを建築基準法に適合した道路としてその設定者である新垣の承認を求めたところ拒否され、本来ならばこの時点で新垣に対し本件通行地役権確認等訴訟を提起しておくべきであったが、当時被控訴人は沖縄振興開発金融公庫から低利の融資を受けられることになり、そのため急いで建築に着工しなければならない状況にあったため、便宜上、同意が容易に得られる母和子所有の同番七に通路を予定して建築確認申請をしたものであり(甲三四、三五、弁論の全趣旨)、そのこと自体は建築基準法に違反する行為ではあるが、被控訴人のこのような不法性の程度に比較して、前記の控訴人の背信性の程度の方がなお強い。また、本件係争地、同番七及び同番八の現況及び利用状況並びに前記のような建築確認申請をした経緯に照らすと、控訴人が被控訴人において同番七に通路を設けこの通路を通行するものと考えていたとの控訴人の供述は直ちに採用できず、結局、被控訴人の本件通行地役権の主張が信義則に反するとまではいえない。

したがって、被控訴人は控訴人に対し本件通行地役権をその登記なくして主張することができ、被控訴人と控訴人との間においては、被控訴人が確認を求めている内容の通行地役権(本件通行地役権)を有するものというべきであるから、被控訴人の本件通行地役権確認の請求は理由がある。また、前記事案の要旨で認定した控訴人の言動にかんがみると、控訴人が被控訴人の本件係争地の通行を妨害する可能性が認められるから、控訴人による通行妨害の禁止を求める被控訴人の請求も理由がある。

五  争点5(被控訴人の控訴人に対する通行地役権設定登記手続請求権の存否)について

一般に、登記請求権が発生するためには、特定の登記原因の存することが必要である。しかし、本件においては、控訴人は新垣から本件通行地役権設定者の地位を承継しておらず、被控訴人が控訴人に対して本件通行地役権をその登記なくして主張することができるのは、控訴人が背信的悪意者であり本件通行地役権の登記の欠缺を主張し得る正当な利益を有する第三者でないからにほかならない。したがって、本件において被控訴人の控訴人に対する本件通行地役権の設定登記請求権を発生させる登記原因が存するということはできず、控訴人が被控訴人に対して通行地役権設定登記をすべき義務があるとはいえない。

なお、玉井と被控訴人との間で平成八年五月一八日に本件係争地についての通行地役権設定契約が締結されてはいるが(事案の要旨)、右契約によって控訴人との間に被控訴人の本件係争地の通行地役権が発生するものでないことは明らかであって、右契約をもって登記原因とすることのできないことはいうまでもない。

六  以上のとおり、被控訴人の附帯控訴にかかる主体的請求のうち、通行地役権確認請求及び通行使用妨害禁止請求は理由があるからこれを認容すべきであり、地役権設定登記手続請求は理由がなくこれを棄却すべきであり(なお、コンクリート製門柱及び鉄製工作物除去請求に対する原審の判断の当否は、附帯控訴がないから当審の審判の対象とならない。)、被控訴人の予備的請求(本件係争地につき被控訴人が囲繞地通行権を有することの確認を求める請求)の棄却を求める控訴人の控訴は理由がない。よって、附帯控訴に基づきこれと異なる原判決を右のとおり変更するとともに、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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